Satoshi Haradaの日記

Satoshi HaradaがAgileに関することを書き残していく日記

スクラムのスプリントは決まった長さにする理由を、学習心理学で説明する試み

アジャイルフレームワークであるスクラムにおいて、スプリントは決まった長さにするということはスクラムガイドで明記されている。

また、スプリントの長さを頻繁に変更することはアンチパターンだということも、広く知られている。

では、なぜスプリントの長さを変えるのは良くないのだろうか?スクラムガイドでは以下のように書かれている。

スプリントはスクラムにおける心臓の鼓動であり、スプリントにおいてアイデアが価値に変わる。

一貫性を保つため、スプリントは1か月以内の決まった長さとする。前のスプリントが終わり次第、新しいスプリントが始まる。

つまり、スクラムガイドでは「一貫性を保つため」にスプリントは決まった長さにすることになっている。

確かに、スプリントの長さに一貫性が無いと様々な問題が起きるであろうことは、想像できる。同じ一つのスプリントであっても、その長さが異なるなら作業できるボリュームが変わってくるし、スクラムイベントのタイミングも変わってくる。スクラムガイドに書かれている通りスプリントは心臓の鼓動(ハートビート)なので、開発のテンポが崩れてしまうわけだ。

では、スプリントの長さが一定ではなく、その結果開発のテンポが崩れてしまうとどのような問題があるのか。私はそれを、学習心理学の古典的条件づけで説明できるのではないかと考えている。

スクラムは経験主義に基づいており、経験による学習を重視したフレームワークだ。心臓の鼓動=開発のテンポを重視することも、経験と学習になんらかの関連があると私は見ている。

学習心理学の古典的条件づけ

パヴロフの犬を知っている人は多いだろう。イヌに決まった音を聞かせてから餌を与えることを繰り返すと、餌を出さなくてもその音だけでイヌが唾液を流すようになることを実証した実験だ。これは、学習心理学における古典的条件づけのひとつである。

パヴロフの犬の実験はロシアの生理学者であるイワン・パヴロフが行った実験で、イヌにメトロノームの音を聞かせてから餌を与える手続き繰り返すと、そのうちにイヌはメトロノームの音を聞いただけで唾液を流すようになった。

このなかで、まずはもともとイヌが持っている「餌を食べるときに唾液を流す」という反応に注目すると、以下のようになる。

  • 餌=無条件刺激(unconditioned stimulus, US
  • 唾液分泌=無条件反応(unconditioned response, UR

このような無条件の反応はイヌがもともと生まれ持った行動(生得的行動)であり、パヴロフは無条件反射とよんだ。

そして、メトロノームの音で唾液を流すようになったことは以下のように表す。

  • メトロノームの音=条件刺激(conditioned stimulus, CS
  • 唾液分泌=条件反応(conditioned response, CR

ある条件に対する反応を学習して習得することは習得的行動のいい、パヴロフは無条件反射とよんだ。

このように、餌というUS(無条件刺激)にメトロノームの音というCS(条件刺激)を組み合わせる(対呈示)ことによって、メトロノームの音に唾液分泌を行うCR(条件反応)を示すように学習させた一連の流れが、古典的条件づけの最も基本的な流れだ。そして、古典的条件づけにおける対呈示は強化とよばれる。

連続強化と部分強化

CS(条件刺激)が示されるときにUS(無条件刺激)も毎回示される手続きのことを全強化または連続強化という。

これに対し、CS(条件刺激)が示されるときにUS(無条件刺激)が示されたり示されなかったりする手続きのことを部分強化または間歇強化という。 

そして一般的に、全強化(連続強化)の方が部分強化(間歇強化)よりも条件付けは速やかで大きい。

つまり、刺激Aがもたらされたときに必ず刺激Bもセットでやってくるなら、それは体に覚え込まれていくということだ。逆に、刺激Aが来ても刺激Bがあったりなかったりすると体はその刺激を覚え難いといえる。

スクラムのスプリントと連続強化

さてここまでは学習心理学における古典的条件づけと強化の話であったが、スクラムのスプリントの話に戻ろう。

私の考えとしては、スプリントの長さが一定だとここまで述べてきた全強化(連続強化)によって学習の定着が促進されるのではないかという仮説を持っている。

スプリントの長さが一定なら、「一定の周期であのスクラムイベントがやってくる」ということがわかり、それが習慣化されていく。例えばスプリントの長さが1週間で月曜始まりだとしたら、月曜日にスプリントプランニングがあり金曜にスプリントレビューとスプリントレトロスペクティブを行うということを体が覚えていき、「木曜にはスプリントレビューの準備ができてないとね!」といったように順応していくだろう。

逆に、スプリントの長さが一定ではない場合、それは部分強化(間歇強化)となり学習の定着が遅くなるのではないかと私は考えている。

例えば、スプリントの長さが1週間だったり2週間だったり毎回変わる場合、一定の周期でスクラムイベントはやってこない。「1週間スプリントのときは月曜にスプリントプランニングだったが、今回は2週間スプリントだから月曜だけどスプリントプランニングが無い」といったことが起きる。

上で述べた通り、学習心理学における古典的条件づけでは、全強化(連続強化)の方が部分強化(間歇強化)よりも条件付けは速やかで大きいとされている。

スクラムのスプリントの長さを一定にしない場合、部分強化になることで学習の定着が弱まり、結果的にスクラムチームの生産性にネガティブ方向の影響を及ぼすのでは?というのが私の仮説だ。

 

スクラムガイドが述べている「一貫性を保つために」が学習心理学の古典的条件づけで全て説明できるとは私も思っていないが、「スプリントは決まった長さにした方がいい」の背景にある理由を深く考える一つのヒントにはなると考えている。

ここで述べたことはあくまで私の仮説に過ぎないので、スプリントの長さと学習の定着の相関性をゆくゆくは実証していきたいと思う。