私は製造業でアジャイルコーチとして働きながら、大学の心理学専攻に入学して心理学を学んでいる。
なぜアジャイルコーチである私が心理学を学ぼうと思ったか。それは、アジャイルは“人”を重視しており、チームワークが上手くいくかどうかも人に依存するからだ。よって、人の心を科学的に理解することで、アジャイルな仕事の進め方やチームワークをより科学的に理解することに繋がり、より良い仕事の進め方の実現に寄与すると考えたからだ。
私のブログの「心理学」カテゴリーでは、心理学に関する知見を大学講義をベースにご紹介しながら、アジャイルとの関連性や活用の可能性について考えていきたいと思う。
社会心理学における社会的促進
心理学者ロバート・ザイアンスが動因理論の中で扱った「社会的促進」という言葉を、皆様はご存じだろうか?

「社会的促進」とは、他者から見られている状況では個人のパフォーマンスが向上するという現象だ。この逆もあり、他者からみられている状況では個人のパフォーマンスが下がる現象もある。こちらは「社会的抑制」と呼ぶ。
同じ「他者から見られている状況」なのにどうしてパフォーマンスに違いが出るのか。これは取り組む課題の難易度や習熟度が影響する。難易度が低い課題や習熟している課題については、他者から見られているとパフォーマンスが上がるのだ。
ペアプログラミングをするシーンで考えてみよう。普段からJavaで開発をしているとして、ペアプログラミングで使用する言語もJavaならそれほど緊張感を持たず、なんならペアの相手に見られていることで普段よりも高いパフォーマンスでプログラミングを行うこともできるかもしれない。これが社会的促進の効果といえる。
それに対し、普段からJavaで開発をしているのにペアプログラミングで使用する言語がRubyだったらどうだろう?普段使用しないプログラミング言語で実装をするのは緊張感があり、ペアの相手から見られている緊張感も重なってさらにパフォーマンスが下がってしまうかもしれない。これが社会的抑制の効果といえる。
となると、ペアワークやモブワークを行うかどうかの判断基準に、社会的促進が起きるかどうか・社会的抑制が起きないかどうかという視点を加えてみる案が考えられる。ペアワークやモブワークをいつ行うのか(いつでも行うのか)は長く議論されているテーマであるが、社会的促進を味方につけることができるかどうかも判断基準になるかもしれない。
先に述べたとおり、他者の存在が社会的促進(作業能率の向上)となるか、それとも社会的抑制(作業能率の低下)になるかは、取り組む課題の難易度や習熟度が影響する。そのため、ペアワークやモブワークで取り組む課題が、ワークの当事者にとって難しすぎない難易度かどうか、そして普段から取り組んでいて習熟している内容であるかに、大いに影響を受ける。ペアワークやモブワークで作業能率を上げたいと考える場合は、取り組む課題の難易度や習熟度がワークの当事者にとって無理のないものかどうかには気を払う必要があるだろう。
逆に、チームメンバーにとって難しい課題・習熟していない課題をペアワークやモブワークでやるべきでないかというと、そうとも限らない。これらの課題は社会的抑制(作業能率の低下)が起きると予想できるが、作業能率よりもスキル伝承や共通認識構築を優先するのであれば良いだろう。また、社会的抑制による作業能率の低下は「失敗したところを他の人に見せたくない」や「他の人に見られてドキドキする」といった心理状況によって引き起こされる。これらの心理状況を緩和するような施策を打っておくのも手だろう。例えば、取り組む課題に対して感じている不安を最初にワーク参加者全員が宣言し、その不安が周囲から受容されるだけでも変わってくるだろう。